宮崎 -昔は新婚旅行のメッカ、今は東国原旋風
昭和レトロな場所あるいは地域というのはなかなか定義が難しい。その場所や地域が消滅することは滅多にないだろうし、レトロなどと言えば古めかしくて陰気だ、ということでお叱りを受けそうである。そこで、昭和レトロ大全では、過去のトピックと現在のトピックがともに注目されている場所や地域を挙げていきたいと思う。初回は只今人気沸騰中の宮崎を見てみよう。
平成19年(2007年)1月21日に東国原英夫宮崎県知事が誕生して以来、宮崎県は東国原人気に沸き、宮崎県特産の地鶏や高級マンゴーが飛ぶように売れているという。また、積極的な知事自身の宮崎県の売り込みにより、県庁が旅行ツアーのコースに組み込まれるなど、東国原知事人気は長期に持続するという見通しもある。知事の公約によれば、4年間で県外観光客96万人の獲得を目指しているという。現在注目の的であり勢いのある宮崎だが、実は昭和30年代は現在の人気に勝るとも劣らない有数の観光地だったのである。
宮崎の観光ブームに火をつけたのは、昭和35年(1960年)に島津久永・貴子(昭和天皇の第五皇女)夫妻が新婚旅行で日南海岸沖の青島を訪れ、2年後の昭和37年(1962年)には皇太子夫妻(現在の天皇・皇后両陛下)が来県されたことから、ロイヤル・ウエディングの象徴としてにわかに新婚旅行先として人気となり、多くの新婚旅行客を集めた。南国としての明るいイメージが新婚旅行にぴったりであっただけでなく、その当時は海外旅行がまだ自由化されていない時期にも当たり、宮崎を含む九州への新婚旅行はカップルの憧れだったのである。
新婚旅行ブームの昭和30年代から40年代という時代は神武景気に象徴される高度経済成長の真っ只中であり、国民所得も順調に上昇を続けていた。経済白書には「もはや戦後ではない」という言葉が記され、家電の「三種の神器」である(白黒)テレビ・冷蔵庫・洗濯機を揃えたいというのが主婦の願いであった。経済的に余裕を持つことができるようになると、娯楽や旅行に振り向ける金額も高額になっていった。こうして、新婚旅行イコール宮崎、というイメージの定着とともに、宮崎は一躍観光名所としての地位を築くことになった。
新婚旅行ブームの時代には、宮崎駅には新婚旅行客を運ぶ全席一等寝台の臨時急行「ことぶき」が頻繁(ひんぱん)に運行されていた。大阪や東京からの新婚旅行人気が本格的になった昭和42年から昭和48年まで運行されていたこの列車は、宮崎を観光の名所として成長させる原動力となっていた。ホームページ「駅の記憶」には当時の旅客掛の方の話として、新婚旅行客を迎えるため駅前にバス会社のバスガイドや旅館の女将の姿であふれ返っていたというインタビュー記事がある。
宮崎の新婚旅行人気はその後10年ほど続くが、時代の変化とともにブームも先細りとなっていった。昭和39年(1964年)の海外旅行の自由化以降の海外旅行ブームの到来、宮崎の観光資源そのものが限定的であるため飽きられるのも早かったことなどが挙げられる。その後長い間、気候が温暖な南国としての観光ニーズはあるものの、かつてのような大量の観光客受け入れには遠く及ばない状況だった。
そのような時期を打開するチャンスが到来するのは、昭和62年(1987年)に制定された総合保養地整備法(通称リゾート法)により、フェニックス・シーガイア・リゾートが建設された時である。同法の第1号指定となったシーガイアは、同時期に建設された長崎ハウステンボスとともに国民の余暇の受け皿となる多大な期待がこめられた施設だった。平成12年(2000年)7月には沖縄サミットと同時に開催された外相会合にコンベンションセンターが利用されるなどしたが、平成13年に多額の負債を出し会社更生法の適用申請後、リップルウッド・ホールディングスにより買収され現在に至っている。近年ではゴルフ場等の周辺施設の整備が功を奏して黒字転換を達成するなど復活の兆しも見えてきたが、本格的な観光誘致にはまだ時間がかかるものと思われる。
東国原知事の当選以後は、国や企業等への積極的な誘致作戦や陳情が徐々に効果を発揮している他、韓国や中国からの観光客の拡大に向けて宮崎空港への直行便の増便を航空会社に働きかけるなど、海外からの観光客の獲得にもに一層力を入れようという知事の意向が前向きに検討されているという。知事の構想には、宮崎の観光資源として神話の里を打ち出す向きもある。これは、『古事記』に天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)が高千穂に降り立ったという記述があることによる。こうした新たな観光資源の拡充と観光客の引き込みを将来の宮崎の観光の柱としたい意向のようである。
宮崎はこの他にも観光資源として有望なものがある。宮崎は読売ジャイアンツを始めとして5球団がシーズン前のキャンプ地として利用するほか、Jリーグの各チームのキャンプ地としてもシーガイヤが利用されている。また、太平洋に面した海岸は波が高く、遊泳には向かないもののサーフスポットとしては国内有数の好適地であるという。こうした既存の施設を有効利用し、新たな観光資源の開発に成功すれば、かつてのように観光都市としての宮崎の注目度も更に上昇するかもしれない。昭和レトロな宮崎はかつて誰もが憧れる新婚旅行のメッカであったが、これからは東国原人気の勢いを借りて、多面的な魅力を持った観光都市としてその名を轟(とどろ)かせていくのかもしれない。
参考リンク
wikipedia http://ja.wikipedia.org
日南海岸散歩 http://www.natsuzora.com/iris/index.html
駅の記憶 http://ekitan.com/kioku/
広告
| 固定リンク


コメント